前先生、羽鳥さんのコメントについて(川島範久/日建設計)


日建設計の川島です。


【羽鳥さんのメール・前先生のブログ記事に対して】

■「本当に環境の視点から設計を始めた時にどんな形態が出てくるのか」?

という前先生のコメントに関してどういう意見を持つかは今回のスタジオの肝な気がします。

この文章の「環境」を「構造」に置き換えてみます。

「本当に構造の視点から設計を始めた時にどんな形態が出てくるのか」

うーん。。「誰のためにどんな空間をつくりたいか」がなかったら構造もなにもないですよね。「構造のみの視点から」建築がつくれないのと同様、「環境のみ視点から」建築はつくれないのは明白です。

東京ガス主催の建築環境コンペティションのHPの対談の中の伊東豊雄さんのコメントが気になりました。http://kenchiku.tokyo-gas.co.jp/special/20th/

伊東 昔、構造の木村俊彦先生が、「この柱を細くしたいなら、いくらでも細くしてやるよ。建築で、これがいちばんバランスが取れた力の流れ方だといっても、そんなのたいしたことないんだ。こっちにちょっと力の流れが過剰にかかるなら、柱を太くするなり、壁をつくっておけばいい。全体のバランスでいえば問題になるようなことじゃないんだ」といわれたんです。今や構造では、佐々木さんにしても、セシル・バルモンドにしても、みんなそういう考え方なんですね。これはベストではないかもしれないけれども、あるバランスになっている。でも、考え方をちょっと変えれば別のバランスがいくらでもありますよと、ある種の不均質さを意図的につくり出しているようなところがある。同じように、不均質でもたいしたことないんだよ、といってくれる設備の人が現れないと始まらない、という気がしますね。

構造的にまたは環境工学的にバランスした状態というのはいくらでもあって、つくろうとしている空間とそれをどうバランスさせるかが腕の見せ所だ、ということだと思います。


■「ダメ建築を直す」?

http://d.hatena.ne.jp/maestudio2009/20090412/1239539249
「ともあれ、浮いた箱を強引に断熱するというのはどうかという意見も大事と思います。今回の物件では、基本的に風景から決定されているようで、」
http://d.hatena.ne.jp/maestudio2009/20090417/1239976038
「環境的にダメダメなものをどうにかしていく」

これらのコメントからすると、bbは
「環境的にダメダメである[浮いたロの字]を強引に断熱することによって環境的に成立させた」
ということになるのでしょうか。

だとしたら、それには異を唱えたいと思います。

もし、風景のみからあのカタチが決定された後に、それを環境エンジニアリングで成立させるという一方向的な設計プロセスだったとすれば間違っていませんが。

僕が難波和彦先生の建築の四層構造を持ち出してbbを説明した理由は、今回の建築が、構造からだけでなく、環境工学からだけではなく、風景や機能からだけではなく、見え方だけからではなく、それらをいったりきたりしながらバランスさせていった結果としての建築という捉え方がしっくりくる、と思ったからです。

もちろん、大きな与条件のひとつとして「風景」がありました。でも、それだけではああはなりません。当初はあそこまできれいなロの字ではありませんでしたし、開口の開け方も違いました。

構法的な検証(第1層)や、断熱性能や通風性能等の環境工学的な検証(第2層)によって、プランや開口の開け方(第3層)を変更し、そこから「豆腐のようなロの字」が浮いているように見せるというイメージを得て(第4層)、そこからよりその見え方を研ぎすますような構法的な検証をし(第1層)それを熱や空気の制御と結びつけて(第2層)また新たな見せ方のイメージに捉え直して(第4層)、、、、

というように第1〜4層をいったりきたりした結果であり、第3層(風景を見るという機能)→第2層(それを成立させる環境エンジニアリング)という一方向的なものではないのです。

福本君がマティアス・シューラーを紹介していましたが、SANAAが完全にカタチをつくりきってきて、「もう変える気ありません、これを成立させてください」と依頼して、マティアスが無理くりに成立させた。というのならそれはおかしいですが、きっとそんなことはないはずなんです。妹島さんはきっとマティアスの出した結果をもとに(第2層)、設計をやり直している(第3層、第4層)はずなんですね。あの現地でのコンクリートの職人の技術を見て(第1層)、見せ方(第4層)を考え直したと思うんですね。

だから、福本君が発表した建築たちを「ダメ建築を環境エンジニアリングで無理くり成立させた事例」と安直にとらえてはいけないと思うんです。


【4月21日の前先生の投稿に対して】
http://d.hatena.ne.jp/maestudio2009/20090421/1240323173

■<外なるブレイク>既存の環境建築のウソを暴き破壊した上で、環境を徹底的に突き詰めた設計を行う。??

既存の環境建築が絵に描いた餅で実態がないものが多く、それを暴くこと自体はとても有意義なことだと思うのですが、その行為のことが「脱構築」なのでしょうか。また、その後に環境を徹底的に突き詰めた設計を行うことが「再構築」なのでしょうか。


前先生の言う「免罪符のコラージュとしての環境建築」こそがブレイク対象である、つまり環境建築と呼ばれる建築において、所謂環境要素が他の要素と関連なく存在しているという環境工学の立ち位置こそを脱構築するべきであり、建築デザインにおける環境工学の新しい立ち位置を見つけることが再構築なのではないでしょうか。環境を徹底的に突き詰めることはプロセスとして必要なことですが、ゴールではない気がします。


■<内なるブレイク>環境建築の基礎を勉強し、希望する空間・建物を設定して改善を行う。CFD等でスタディする中で、自分の中で再構築をする。??

CFD等のシミュレーションによる改善が「再構築」なのでしょうか。
いつしかシミュレーション自体が当たり前になる時代が来ると思うんですね。そのときにはこういった改善はなんら特別なことではなくなります。
むしろ、シミュレーションと建築デザインの関係性こそが「再構築」する対象なのではないでしょうか。何をシミュレーションして、結果の善し悪しをどう判断しどう建築デザインとバランスさせていくか、こそが腕の見せ所なのではないでしょうか。



前先生、TA、講師がそれぞれ色々なことを言っているので、これら全てを考えなしに受け入れるとすると、ただただ混乱するだけだと思います。

学生の皆さんは既に気づいていると思いますが、要は、今回のテーマについて、前先生も講師の僕らも、誰も正解はわかっていないんです。

この議論は学生の皆さんにとって、他人事ではありません。学生の皆も自分なりの意見を持って、この議論に参加し、意見を戦わせていった先に何かが見える気がしています。

木曜日、楽しみにしています